PCR ~発明と発展~
掲載日:2024年8月30日
新型コロナウイルス感染症の検査では、PCRが大きな役割を果たしました。テレビや新聞などで詳しく紹介されたことから、PCRをご存知の方も多いのではないでしょうか。本記事では、PCRの発明、その後の技術発展について紹介します。
PCRとは
PCRは、Polymerase Chain Reaction の頭文字に由来します。日本語では、「ポリメラーゼ連鎖反応」と訳されます。核酸の1種であるDNAの特定の領域を増幅させる技術です。RNAは、DNAに変換後、PCRで増幅させることができます。手法として言及される際は、PCR法など「法」が併記されることもあります。
PCRの発案
1983年5月、 アメリカのベンチャー企業 Cetus(シータス)社の科学者 Kary B. Mullis(キャリー・マリス)博士が同僚とのドライブ中に2本のプライマーを利用することで、DNAの特定の増幅させたい領域を効率よく増幅させる方法を思いつきました。ドライブしていた車は、ホンダのシビックで、日本との縁を感じるエピソードです1)。
アイデアを多くの人に認めてもらうためには、実験をおこない、データを示して証明しなくてはなりません。マリス博士は、あまり実験が得意ではなかったようですが、会社と同僚の協力により、画期的なアイデアを証明することができました。
科学への貢献とノーベル賞受賞
1985年、PCRを利用した初めての論文が報告されました。鎌状赤血球症の原因遺伝子の診断法に関する内容で、マリス博士が所属するチームから報告されました2)。マリス博士が執筆していたPCR発明に関する論文は、掲載してもらえる学術誌がなかなか見つからず、1987年にやっと報告されました3)。PCR発明の論文よりも同手法を利用した研究の論文が先に公表されるというめずらしい状況でした。1991年にはロシュ社がシータス社からPCRの全事業権を取得し、医療分野への応用を進めました。
PCRは、微量な核酸を効率よく増幅させることができるため、医学研究、病原体検査、遺伝子診断、DNA鑑定、農学、考古学など様々な分野で使用されており、現代社会を支える大切な技術の1つとなっています。
1993年、マリス博士は、PCR法の発明により、ノーベル化学賞を受賞しました(共同受賞者は、マイケル・スミス博士)。両名の授賞理由は、"for contributions to the developments of methods within DNA-based chemistry(DNAベースの化学における手法の発展への貢献に対して)"です4)。
PCRの原理
4つの材料、3つの工程が必要です。
【材料】
1) テンプレート(鋳型)(増幅対象DNA)
2)プライマー(増幅領域の両末端に結合するように人工的にデザインされた短い合成DNA。)
3) デオキシヌクレオチド三リン酸(DNAの材料)
4) DNA ポリメラーゼ(DNA増幅に必要な酵素(タンパク質))*
【工程】
1) 熱変性(DNAを1本鎖にするための高熱処理)
2) アニーリング(プライマーとの結合)
3) 伸長反応(DNAの増幅)
1サイクルで、ターゲットが2倍に増幅されます。理論通りに反応が進んだ場合、ターゲットは、10サイクルで1,024倍、20サイクルで約100万倍、30サイクルで約10億倍に増幅されます。
(*参考)耐熱性DNAポリメラーゼ
DNAポリメラーゼは高熱に弱く、反応中に性能が低下するため、開発当時はサイクルごとに新鮮なDNAポリメラーゼを加える必要がありました。
火山地帯であるイエローストーン国立公園(アメリカ)で発見された好熱性細菌(Thermus aquaticus)5)がもつ耐熱性DNAポリメラーゼ(Taq polymerase)6)を利用したPCRがシータス社により1988年に論文報告され、技術革新が進みました 7)。
PCRの普及・発展に貢献した装置
・サーマルサイクラー
PCR反応では、反応液の急速な加熱、冷却が必要です。PCR開発当時、温度の異なる恒温水槽(ウォーターバス)などを利用して、手動で、各ステップの温度・設定時間で反応を行っていたそうです。その工程を、30~40サイクルも繰り返すことは、とても大変な作業でした。サーマルサイクラーは、設定した複数ステップの温度、反応時間、サイクル数を自動で行う装置です。1987年、アメリカパーキンエルマー社から販売され、PCRの普及に貢献しました。
(サーマルサイクラーの写真)
・リアルタイムPCR
マリス博士がノーベル賞を受賞した1993年、リアルタイムPCR法が開発されました8)。リアルタイムPCR法は、PCRによる増幅過程をリアルタイムに測定する手法です。従来のPCRが定性(陽性又は陰性の判定)であったのに対し、リアルタイムPCRでは、増幅反応が進むごとに蛍光強度が強くなる仕組みを入れることで、定量(試料に含まれるターゲットの量の測定)が可能になりました。また、従来、PCRの増幅産物の確認は、電気泳動とよばれる手法で、増幅産物のサイズ(長さ)を確認する必要がありました。リアルタイムPCRでは、電気泳動での確認が不要となるなど多くの利点があります。装置は1996年 パーキンエルマー社から販売され、現在では新型コロナウイルス検査など病原体検査の分野を含め、大きな役割を果たしています9)。
(リアルタイムPCR装置の写真)
さらに興味のある方へ
企業のホームページや総説で、詳細に紹介されています10) 11)。興味のある方は、参考資料をご覧ください。
参考資料
1) Mullis KB. (翻訳)福岡伸一. マリス博士の奇想天外な人生 ハヤカワ文庫.
2) Saiki RK, Scharf S, Faloona F, Mullis KB, Horn GT, Erlich HA, et al. Enzymatic amplification of beta-globin genomic sequences and restriction site analysis for diagnosis of sickle cell anemia. Science. 1985; 230: 1350-1354.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/2999980
3) Mullis KB and Faloona FA. Specific synthesis of DNA in vitro via a polymerase-catalyzed chain reaction. Methods Enzymol. 1987; 155: 335-350.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/3431465
4) The Nobel Prize in Chemistry 1993.
https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/1993/summary/
5) Brock TD and Freeze H. Thermus aquaticus gen. n. and sp. n., a nonsporulating extreme thermophile. J Bacteriol. 1969; 98: 289-297.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/5781580
6) Chien A, Edgar DB and Trela JM. Deoxyribonucleic acid polymerase from the extreme thermophile Thermus aquaticus. J Bacteriol. 1976; 127: 1550-1557.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/8432
7) Saiki RK, Gelfand DH, Stoffel S, Scharf SJ, Higuchi R, Horn GT, et al. Primer-directed enzymatic amplification of DNA with a thermostable DNA polymerase. Science. 1988; 239: 487-491.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/2448875
8) Higuchi R, Fockler C, Dollinger G and Watson R. Kinetic PCR analysis: real-time monitoring of DNA amplification reactions. Biotechnology (N Y). 1993; 11: 1026-1030.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/7764001
9) 新型コロナウイルスのPCR検査. 大安研ちゃんねる. https://www.youtube.com/watch?v=XSzgOFhwsyo&list=PLK21ZJZ_VMDQAVtecB304qGIO5D8pdYiP&index=3
10) 古市泰宏. <走馬灯の逆廻しエッセイ> 第9話 「数兆円の経済効果ーーPCRの発見」. 日本RNA学会会報. 2017; 36号: https://www.rnaj.org/en/?view=article&id=566:furuichi-9&catid=97
11) Roche. PCRって何ですか?.https://www.roche-diagnostics.jp/solutions/diagnostic-solutions/pcr
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