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大阪健康安全基盤研究所

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ワクチンが変える感染症の姿(2)―風しん、水痘及び帯状疱疹について―

掲載日:2019年8月30日

ワクチンが深く関係する感染症として、前回の「麻しん」に続き、「風しん」、「水痘」及び「帯状疱疹」について解説する。

風しんについて

最近、麻疹とともに問題になっているのが風しんの流行である。風しんは「三日はしか」と呼ばれるように、麻疹とよく対比される。しかしこれら2つの感染症はまったく別物で、原因となるウイルスは違い、症状にも大きな違いがある。ワクチンのない時代には素人でも症状だけで麻疹、風しんの区別ができたが、近年の流行では医師でも判別が困難な症例が多く、ワクチン普及時代の感染症の特異性を示しているといえる。風しんウイルスは麻疹ウイルスほど感染力が強くなく、感染しても発症しない不顕性感染は20~40%あり、ほとんどのヒトが発症する麻疹とは発症率の上でも違いがある。風しんは軽い感染症でワクチンが必要だとは考えられてこなかったが、1964~1965年、沖縄で風しんが大流行して多数の先天性風しん症候群(CRS)の先天異常児が出生し、予防すべき感染症として考えられ始めた。

1962年、Parkman等およびWeller等がそれぞれ独自の方法で風しんウイルスの分離に成功した。わが国でも風しんウイルスの研究が急速に進展し、国産ワクチンの開発が国策として進められた。1975年にワクチンメーカー3社が製造承認を取得し、1977年に定期接種として風しんワクチンが接種された。この時の接種対象者は女子中学生だけであり、ワクチン接種の目的はCRSの発生を予防するためであった。1995年、風しんワクチンは生後12か月から90か月の男女を対象とした定期接種になり、流行を阻止するためにワクチンを接種するという予防接種施策になった。2005年に阪大微研会が、そして2006年に武田薬品がMRワクチンの製造販売承認を取得し、これにより2006年からMRワクチンの2回接種が開始された。それまで麻疹、風しんに対して別々の予防接種施策で行われていたが、この時から同調して実施されるようになった(図6)。

風しんの発生状況は、2007年までは定点把握疾患として小児科定点より報告されてきたが、2008年より全数把握疾患となった。この点は麻疹の経緯と全く同じであり、風しんが小児から成人の感染症にシフトしている状況に対応したものである。2013年に大規模な全国流行があり、報告患者の9割が成人で、男性が女性の3.5倍であった。風しんは5~6年ごとに大規模な流行が起こるが、案の定、2018年から2019年にかけて比較的大規模な全国的な流行があり、CRSの患者発生も報告されている。大阪でも全国の流行状況と同様で、大阪府感染症情報センターの発表では、2019年における第31週までの風しん患者数は122例であった(図7)。88%が成人で、特記すべきなのは40歳~50歳代の風しん患者の9割近くが男性であったことである。この年代の男性は風しんワクチンを一度も受けておらず、以前より風しんの流行源になることが懸念されていた。そこで国は、第5期定期接種として1962年4月2日~1979年4月1日生まれの男性を対象に、3年間の期限付き(2019年4月~2022年3月)でMRワクチンの接種を開始した(図6)。しかし、風しんウイルスに対する抗体価が陰性、もしくは低いヒトに接種するという方式の定期接種であり、働き盛りの男性には時間的な負担が大きく、今のところ接種率は高くない。

水痘について

麻疹、風しんとともに小児期の代表的な感染症が水痘である。日本などの温帯地域にある国ではほとんどのヒトが小児期に感染し、成人の水痘は稀である。そのため、感染症法では小児科の定点把握疾患で、患者数は今でも相当多い。水痘ワクチンのOka株は、大阪大学微生物病研究所の高橋理明教授が開発したもので、WHOが承認した世界で唯一の水痘ワクチン株である。日本では1987年、ハイリスク患者の感染防止を目的として接種が開始され、1990年代以降は健康な小児にも任意接種で接種されるようになってきた。しかし、接種率は上がらず、接種しても水痘を発症する小児が多かったため、2014年10月より水痘は定期接種対象疾患となった。生後12~36か月に至るまでの児を対象に、期間内に水痘ワクチンを2回接種することとなった。水痘ワクチンの効果は著しく、2015年以降の患者数は大幅に減少している(図8)。定期接種化が感染症の疫学を大きく変える好例だといえる。

帯状疱疹について

水痘帯状疱疹ウイルスが原因で起こる疾患に帯状疱疹がある。水痘に罹患後、ウイルスが知覚神経節内に潜伏し、何らかの原因で再活性化されて発症する疾患である。感染症ではないため感染症法には入っていない。3人に1人は一生のうち一度は罹患するといわれ、年齢が上がるにしたがって発症率が高くなる。死亡することはないが、帯状疱疹後神経痛(PHN)を残すと日常生活に支障が出るのが問題である。そのため、帯状疱疹の予防には意義があると考えられてきたが、これまで科学的な予防法はなかった。
そこで、米国のOxmanらは、メルク社の高濃度の水痘ワクチン(Oka/Merk)を帯状疱疹の予防に用い、2005年にその成果を発表した。このワクチンを接種した群は、プラセボ接種群に比べて50%以上の発症率の低下を認め、またPHNの発生率も1/3にとどまった。2006年、欧米ではこれを60歳以上を対象とした帯状疱疹予防ワクチンとして認可し、メルク社からZostavaxの名称で市販されている。米国では2011年から50歳以上に適用拡大した。このように、Oka株ワクチンは水痘だけでなく、帯状疱疹の予防にも有用であることが示された。

日本では、水痘帯状疱疹ウイルスに対する免疫増強の目的で水痘ワクチンを接種することが可能であるが、帯状疱疹の予防目的で使用することは認められてこなかった。しかし2016年3月、我が国においても日本で使用されている水痘ワクチンを50歳以上の高齢者に帯状疱疹予防に使用することが承認された。水痘ワクチンが定期接種化されて以降、水痘患者が激減したことは述べてきたが、皮肉にも高齢者が自然感染による水痘帯状疱疹ウイルスに暴露される機会を失い、帯状疱疹発症を阻止する免疫力の低下が懸念される。このことが帯状疱疹患者の増加に繋がると懸念されており、事実、年とともに患者数が増加していると米国CDCは報告している(図9)。高齢者への積極的な水痘ワクチン接種が帯状疱疹患者の減少に繋がるか、今後の推移を見守りたい。


まとめ

ワクチンは我々人類を感染症の脅威から救ってくれたのは間違いないが、ワクチンの普及が別の形の感染症を生んで社会問題化する時代になったということだろう。しかし、その影響はワクチンのない時代に比べてはるかに小さいが。麻疹ワクチン、風しんワクチン、水痘ワクチンは生ワクチンで、「生ワクチンを1回接種すると一生かからないで済む」と教えられてきた。しかし、ワクチンのおかげで流行がなくなると、この常識が通用しなくなってきた。生ワクチンの接種で免疫記憶が残り、自然感染の暴露によるブースター効果で強固な免疫が与えられ、そこで一生発症しない体になるわけだが、今はその機会が少ないということである。たまに流行が起こると、ワクチンを接種したことがない、あるいは中途半端な免疫を有する人達が発症する。発症者の年齢は年々上昇し、年長児から成人、そして将来的には高齢者に移行すると考えられる。今後、ワクチン接種の対象年齢を見直す時期が来るかもしれない。
理事長 奥野良信

  • 本文は、2019年7月17日に開催された東成区医師会生涯教育講演会における講演内容を概説したものである。