腸炎ビブリオ食中毒とは?
掲載日:2000年4月
夏に、寿司やさしみを食べて食中毒になったことはありませんか?下痢と嘔吐を繰り返すこの苦痛は、経験者にしかわからないでしよう。その原因となる細菌が腸炎ビブリオ(Vibrio parahaemolyticus)です。腸炎ビブリオはもともと海水中に棲息する海水細菌の一種ですが、その分布状態は海水温度と密接な相関がみられます。わが国の近海では、冬季の海水から腸炎ビブリオはほとんど検出されませんが、海水温度が15℃以上に上昇する5月から10月にかけては常時検出されるようになります。これは、海底土中で越冬した菌が海水温の上昇に伴って、プランクトンに付着してさかんに増殖をはじめ、海水中の菌の密度が高くなるためと考えられています。
腸炎ビブリオは大阪で発見された
それまで知られていなかった新種の病原細菌として、腸炎ビブリオが発見される契機となったのが、1950年(昭和25年)10月21日大阪市南部地区から岸和田市、貝塚市および泉佐野市にかけて発生した「シラス食中毒」事件です。患者数272名、うち死者が20名にも及んだこの事件は、当時大きな社会問題となりました。原因となったシラスは、泉佐野市近海で10月20日に漁獲されたカタクチイワシの稚魚を塩ゆでにしたあと、一夜水切りして出荷されています。本食中毒事件については、大阪府衛生部がまとめた「シラス中毒に関する報告書」(写真)に詳細が記録されています。腸炎ビブリオは、本事件の剖検材料から、大阪大学微生物病研究所の藤野教授により分離されました。
腸炎ビブリオ食中毒
腸炎ビブリオによる食中毒は、おもに海産食品の喫食によって夏季に多発します。原因となる食品としては、寿司やさしみが圧倒的に多く、この魚介類を生食する習慣が、わが国において本菌食中毒を発生させる主要な要因とされています。
腸炎ビブリオ食中毒の潜伏期は通常11から18時間ですが、2から3時間で発症した例も報告されています。臨床症状は腹痛、下痢、嘔吐、発熱が主要所見で、重篤な場合は死亡する症例もみられます。
腸炎ビブリオの病原性
腸炎ビブリオは、ヒトに感染して下痢を惹起させる能力を持つか否かによって、病原株と非病原株とに区別されます。通常、食中毒患者から検出される腸炎ビブリオの90%以上が病原株です。逆に、海水や魚介類等から検出される腸炎ビブリオの99%が非病原株といわれています。両者は、下痢起因物質である耐熱性溶血毒(TDH)ならびに耐熱性溶血毒類似毒素(TRH)という蛋白毒素の産生能を調べることによって判別することができます。
TDHとTRHはアミノ酸組成で極めて高い相同性が認められ、遺伝学的に同一起源のものと考えられます。これらの毒素は下痢を起こす腸管毒としての活性の他にも種々の生物活性を有することが知られています。特にTDHは、心筋細胞に直接作用して心拍動を停止させる心臓毒としての活性(致死活性)をもつことが証明されています。腸炎ビブリオ食中毒における死亡例が他の食中毒の場合と比較して多いのは、TDHの作用が原因と考えられています。
腸炎ビブリオ食中毒を予防するには
通常、健康なヒトが腸炎ビブリオ食中毒を発症するにはかなり大量(1千万から1億個)の菌を摂取することが必要とされています。摂取菌量が少ない場合は胃液の酸によって大部分が死滅するため、感染部位の小腸に腸炎ビブリオが到達できないからです。一方、腸炎ビブリオが海水中に常在する以上、生の魚介類における腸炎ビブリオの一次汚染を避けることはできません。従って本菌食中毒にかからないためには、調理後の食品で腸炎ビブリオを増やさないことが最も肝要です。腸炎ビブリオは10℃以下の低温ではほとんど増殖できません。逆に、適温(25から37℃)下での増殖スピ-ドは他の病原細菌と比べて極めて早いことがわかっています。食品の温度管理の良否が腸炎ビブリオ感染成立の鍵となります。
腸炎ビブリオ食中毒の原因食品としては、魚介類の他に卵焼きや漬け物といった海産物とは無縁の食品であることも少なくありません。これはまな板や包丁等、調理器具を介した二次汚染が原因となったもので、調理環境の衛生管理も食中毒予防には重要です。
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