<論文紹介>イミダゾリジニルウレアの定量分析法を開発しました
掲載日:2022年9月20日
医薬品課で行った化粧品に配合される防腐剤「イミダゾリジニルウレア」の定量分析法開発についての論文が、分析化学の英文学術雑誌Analytica Chimica Acta誌に掲載されました[1]。本論文は雑誌編集者から「featured article」に選ばれ、掲載号の雑誌表紙を飾っています[2]。
基準があるのに定量分析できない?
イミダゾリジニルウレアは、日本の化粧品基準に収載されている防腐剤であり、「粘膜に使用されることがない化粧品のうち洗い流すもの」に対して、100 g中に0.3 g(0.3%)を上限として配合が認められています[3 PDF形式]。化粧品基準での名称はN,N’’-メチレンビス[N’-(3-ヒドロキシメチル-2,5-ジオキソ-4-イミダゾリジニル)ウレア]であり、名称通りの構造式を描画すると図1のようになります。
図1. 化粧品基準での名称を元にしたイミダゾリジニルウレアの構造式
イミダゾリジニルウレアはホルムアルデヒド遊離型防腐剤の1種として知られており、化粧品中で容易に分解し、ホルムアルデヒドを遊離する性質を持ちます。上述のように、日本でも化粧品に対して配合基準が定められているのですが、定量分析が困難な成分として知られています。
EUでもわが国と同様に化粧品への配合が上限値とともに示されていますが、EUの専門家委員会では、定量分析の難しさから「遊離ホルムアルデヒド量による最大許容濃度の管理」が提案されています。また、イミダゾリジニルウレアは米国では「imidurea」として薬局方に収載されていますが、定量分析ではなく窒素含量が管理項目として規定されています。
なぜ定量分析できないのか?
それでは、なぜイミダゾリジニルウレアは定量分析できないのでしょうか?大きな要因としては、「分解してホルムアルデヒドを遊離する」ことがわかっているにもかかわらず、「分解した防腐剤がどうなるのか?」という点についてこれまでほとんど調べられていなかったことが挙げられます。
我々はこれまでに、親水性クロマトグラフィーという手法を用い、イミダゾリジニルウレア水溶液が高速液体クロマトグラフによる分析で7本以上のピークとして確認できること(図2)、すなわち7種類以上の化合物の混合物であることを明らかにしてきました[4]。化粧品中でもまた同じように、混合物として存在していました。高速液体クロマトグラフ-質量分析装置による分析から、これらの7化合物はいずれもイミダゾリジニルウレアの合成原料、ホルムアルデヒドとアラントイン(図3)が縮合した化合物であると推定されました。このうち4化合物については核磁気共鳴装置による分析で構造を特定することができました(図4)。
図2. イミダゾリジニルウレア水溶液のUVクロマトグラム
図3. イミダゾリジニルウレアの合成法
図4. 構造を特定できたイミダゾリジニルウレア由来化合物(化合物A、B、C、Eは図2の各ピークに相当)
しかし、残りの3化合物はすぐに分解してしまう性質のため、これまでのところ構造の特定に至っていません。
定量できないもう1つの要因として、「分解性」が挙げられます。化粧品中に存在するイミダゾリジニルウレア由来の化合物をすべて定量してやればよいのですが、すぐに壊れてしまう化合物があるため定量は困難でした。
分解物を定量すればよいのではないか?
分解しない条件を検討している過程で、イミダゾリジニルウレアは水溶液中、アンモニア塩基性条件下でアラントインと4-ヒドロキシメチル1-[4-(ヒドロキシメチル)-2,5-ジオキソイミダゾリジン-4-イル]ウレア(4-HU)に収束することがわかりました(図5)。
図5. アンモニアによるイミダゾリジニルウレアの分解
両化合物は比較的安定であったことから、強制的に分解させて、分解物の量から配合されたイミダゾリジニルウレア量が計算できるのではないかと考えました。
アンモニアで分解させた場合の問題としては、この分解反応が「可逆反応である」点にありました。分解溶液中にはイミダゾリジニルウレアの分解物とともに、遊離したホルムアルデヒドやアンモニアが残存しています。これらは複雑な平衡状態にあると考えられ、HPLCでの分析の為に中和・希釈したところ、反応が戻ってしまうという現象が確認されました。この問題を解決するには、ホルムアルデヒドなどの不要な副生成物が反応系に残らない分解法が必要であると考えられました。
固相カラムの使い方
アンモニアの代わりに何か使えるものはないだろうか?そこで考案したのがアミノプロピルカラムという固相カラムで分解・精製するという方法でした。図2で確認できた7本のピークを精製しようと、イミダゾリジニルウレア水溶液をアミノプロピルカラムに通したところ、2本のピーク以外消失するという現象が見られました。分析化学領域において「固相カラム」といえば、基本的には精製のために使うものなのですが、アミノプロピル基は1級のアミンでもあり、この場合には塩基としてイミダゾリジニルウレアの分解を促進していると考えられました。その分解は、カラムをホルムアルデヒドで前処理することで阻害されたことから、ホルムアルデヒドは固相と付加体を形成していると推定されました。つまり、アミノプロピルカラムは、イミダゾリジニルウレアからのホルムアルデヒド遊離(分解)とホルムアルデヒドとの付加体形成による反応系からの除去(精製)という2つの機能をもつ、理想的な媒体だったのです(掲載号の雑誌表紙参照[2])。
もう一つの壁
分解物の定量測定はこれでできることになったのですが、イミダゾリジニルウレアの定量にはもう1つの壁がありました。「どのように配合されたイミダゾリジニルウレア量を算出するのか?」という点です。イミダゾリジニルウレアは混合物であり、最終分解物であるアラントインと4-HUの定量値から、直接モル比等を用いて配合量を算出することが困難です。しかし、イミダゾリジニルウレアは図3に示したように、アラントインとホルムアルデヒドの縮合により合成される縮合混合物であり、「アラントイン骨格の総量」は変わらないものと考えられました。そこで、本法ではアラントイン換算値による定量を実施することとしました(図6)。
図6. イミダゾリジニルウレア配合量の計算方法
図のように濃度既知の標準溶液を化粧品と同じ操作で分解させ、アラントインと4-HUそれぞれを定量します。化粧品・標準溶液ともに4-HUの定量値をアラントイン量に分子量換算し、アラントインとしての換算値を標準溶液と比較することで、化粧品へのイミダゾリジニルウレア配合量を算出するというものです。
試験法としての妥当性評価も良好な結果であり、1アミノプロピルカラムを用いて分解・精製を行い、2分解物の定量を実施した結果から、3イミダゾリジニルウレアの化粧品への配合量を算出する、という方法は化粧品での実分析に適したものであると考えられました。
おわりに
本記事で紹介したイミダゾリジニルウレア分析法ですが、克服できない課題も残っています。定量に用いた分解物は、イミダゾリジニルウレア以外の化粧品配合成分に由来する可能性があるのです。アラントインは化粧品への配合が認められており、もう一方の4-HUはジアゾリジニルウレアという他のホルムアルデヒド遊離型防腐剤の分解物として報告されています。本法を用いてイミダゾリジニルウレアの検出が疑われた場合には、アラントインやジアゾリジニルウレア(日本では配合を認められていません)の配合の有無を、輸入・製造者に確認する必要がありそうです。
(本研究の一部はJSPS科研費 JP24700796の助成を受けたものです。)
関連リンク
- [1]T. Doi, A. Takeda, A. Asada, K. Kiyota, T. Tagami, and T. Yamano The development of dual-function solid-phase method as extraction and a decomposition reaction media for the determination of a formaldehyde releaser, imidazolidinyl urea, in cosmetics. Analytica Chimica Acta, 1191, 338891 (2022)(外部サイトにリンクします)
- [2]Outside Front Cover Analytica Chimica Acta 1191 339464 (2022)(外部サイトにリンクします)
- [3]化粧品基準(平成12年9月29日付、厚生省告示第331号、PDF形式)(外部サイトにリンクします)
- [4]T. Doi, A. Takeda, A. Asada, and K. Kajimura Characterization of the decomposition of compounds derived from imidazolidinyl urea in cosmetics and patch test materials. Contact Dermatitis, 67(5), 284-292 (2012)(外部サイトにリンクします)
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